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zoom RSS 理不尽なことだらけの年でした

<<   作成日時 : 2013/12/30 21:04   >>

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 後少しで、今年も終わります。

 有効求人倍率が1を超えたといううれしいニュースもありましたが、理不尽なことの連続の年でした。

 何と知っても、開いた口が塞がらなかったのは、オリンピックの東京開催決定と安倍首相の発言。
「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている。日本の食品や水の安全基準は世界でも最も厳しく、健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する。」
 破廉恥極まりない言葉です。

「あの発言、どう思う?あれ、本当のこと?」
と子どもたちに聞いたけれど、答える子どもたちはとても元気がありませんでした。総理に、子どもでもわかる嘘をつかれ、どう反応していいのか子どもも困っていました。

 甲状腺がんや白血病になった子どもたちやその家族、心筋梗塞で亡くなった人の家族は、いったいどういう気持ちであの発言を聞いておられたのか、それを思うと心が痛みます。

 今日、藤田祐幸さんの講演をネットで聞きました。

 2013/7/6 藤田祐幸先生講演会 

 藤田さんは、福島の野菜農家の方の自殺について話をされました。以前、この方の息子さんの悲痛な訴えを聞いたことがありましたので、その映像を思い出しながら聞きました。

 福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」

 20130606 〜第38回全国公害被害者総行動デー

 私が、福島事故で一番衝撃を受けた出来事は、この福島の須賀川の64歳の農家の男性が、自らの畑に放射能が降ったことを知ったその日に、自らの命を絶ったというこの事件です。この方は、64歳。そして、30年前から有機無農薬農業に取り組んで、安全で安心な野菜を、学校給食を通じて子どもたちに提供することを生きがいとしてこられた方です。

 今から30年前に、有機農業に取り組んだということは、どういう意味かと言いますと、1980年代なんですね。1980年代は、私も原発の問題に自分の人生をかけようとして立ち上がったそのときです。そして、そのことは、多くの人々が、あのスリーマイル島やチェルノブイリを見て、これは違うんだ、我々が目指している世界はそっちではないんだということで、多くの人々が立ち上がり、そして、さかんに議論した。非常に豊かな議論が行われた時代が80年代でした。

 そういう中で、今まで我々が進んできた経済を優先とする、物質文明を優先とするそういう暮らし方ではなくて、もうひとつ別の道があるんではないかということがさかんに議論された。そういう中で、今までのヘリコプターで肥料をまき巨大な機械で耕すようなそういう農業ではなくて、土の中にある微生物の力を借りながら、自然の摂理に従った農業に切り替えていくべきではないかという議論も多かった。

 それから、生産者と消費者の間にある巨大な物流システムを取っ払ってしまって、もうひとつ別のオルタナティブという言葉が80年代の合言葉だったのです。そういう中で、生協の運動というものも生まれてきた。

 原発の事故、ああいう巨大なシステムに身を任せることによって、何を失うことになるのかということを、スリーマイル島、チェルノブイリ事故で、我々は学び取り、そこから新しい時代を作るためにたくさんの試みがなされてきた。そんな中のひとつが、有機農業だったわけです。

 そして、この方は30年前、つまり80年代に、私たちがそういう議論をしているときに、おそらく、同じ志をもって、有機農業に取り組んできた。30年かかって土をつくってきた。その方の畑に放射能が降ったときの絶望の深さ、怒りの深さ。これはもう、想像を超えるものがあったと思います。

 私は、その思いに非常に強く共感することができるんです。ですから、この人の無念というものが、私には非常に辛いものとして残りました。

 私は、チェルノブイリの現地調査に入ったときに、いろんな体験をしました。ベラルーシのミンスクという町の近くのコルホーズという集団農場に行ったことがある。そこは、有機農業をしているコルホーズだということで、大変興味があったので、出かけました。その当時のその周辺の汚染度というのは、さほど高いものではなかった。今の東京とほぼ同じくらいの汚染地帯でした。

 しかし、農場に入っていくと、ぼくの持っている放射能検知器の針が、ビーと上がってくるんですね。どこかに、ものすごい放射線源があるんです。いったいどこだろうということで、放射能を探していたら、そこに巨大な堆肥の山がある。堆肥が放射能を凝縮していた。

 これは何かというと、例えば森が森として成り立つために、落ち葉の中にある栄養分を、森の外に出さないために、微生物たちが懸命になってその落ち葉を分解し、栄養分をストックする。そのストックを使って森が栄養分を吸い上げて、葉っぱを茂らせる。その葉っぱの栄養分をまた微生物が分解するという形で、実は森が成立するわけです。
 
 堆肥というのは、その森の微生物が落ち葉を分解して、必要なものをストックする力、それが堆肥がもつ力。この堆肥がもつ力を利用して行うのが、有機農業。ところが、この微生物たちは、いろんな栄養分があります。チッソ、リン酸カリだけではなくて、いろんな微量元素をため込むわけなんですね。それが、全部の必要なミネラル分になっているわけです。

 その中に、セシウムとかストロンチウムていうのが入ってきたときに、この微生物たちは、放射能があるかないかという区別のし方を知りません。つまり、これは、自然界に非常に貴重な微量元素であると、これは一滴も漏らしてはいけないという形で、微生物は、セシウムやストロンチウムを栄養分としてストックする力がある。ストックしてしまう。

 ですから、チェルノブイリでも福島でも、森の中に入ると、放射能レベルがバーンと上がるんですね。これは、森の大地の微生物が栄養分をストックする力の中に放射能が入ったときには、もう生態系の内部にそれが入ってしまうということなんです。そして、このベラルーシの有機農業のこのコルホーズの巨大な堆肥の山が、この微生物の力によってストックされたセシウムとストロンチウムの巨大なストックになる。ですから、そこに、放射能測定器を向けると、針がバーンと振り切っていく。

 それを知っていたから、あの須賀川のお百姓さんは、自らの命を絶ったんです。



 私たちは、子どもたちに、自分の側からだけでなく他の人の側から考えてみることの大切さを日々伝えています。自分の経験したことのないことでも、ありったけの想像力をはたらかせて考えてみようと教えています。そのことの大切さを自分の身を通して教えるのが大人の努めであるはずです。

 国が国民を切り捨てる世の中です。自分なりの闘い方を、身をもって示していかなければならないと痛感した年でした。

 藤田さんは、次のようにも話しています。

「我々は、国民として存在しようではありませんか。我々が国民として存在しなければ、この悲劇は何の意味もなく、またまた繰り返されていくだけです。」

 おかしいと思ったら、必ず声に出し、そのことから視線を外さないでいこうと思います。

 
 3年計画の学校の改装工事が、2年目の部分まで完成し、先日、太陽光発電のモニターが玄関に設置されました。中味を見てみると、太陽光発電の説明の後に、様々な発電との組み合わせが必要だとして、原子力発電も取り上げられていました。

 人の命までも奪った原発事故に対する何の反省も感じられない記述を、子どもたちが毎日見る環境に設置することに黙ってはいられません。声を上げ始めたところで、2学期が終わってしまいました。3学期にしつこく食らいついていこうと思います。

 
 

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