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<<   作成日時 : 2014/04/14 21:19   >>

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 最近、雑誌などを読んでいると、ハンナ・アーレントのことを引用した文によく出会います。私は、ハンナ・アーレントという人を知りませんでしたが、調べてみると、「悪の凡庸さ」という概念を考えた人であることがわかりました。

 映画「ハンナ・アーレント」オフシャルサイトから

 アーレントがアイヒマン裁判のレポートで導入した概念。上からの命令に忠実に従うアイヒマンのような小役人が、思考を放棄し、官僚組織の歯車になってしまうことで、ホロコーストのような巨悪に加担してしまうということ。悪は狂信者や変質者によって生まれるものではなく、ごく普通に生きていると思い込んでいる凡庸な一般人によって引き起こされてしまう事態を指している。

 昨年の秋に、映画「ハンナ・アーレント」の客の入りが多かったそうです。「悪の凡庸さ」を今感じ取る人が多いのでしょうね。

 思考停止状態で体制に迎合している傾向は、どんどん強まっています。身近なところでも嫌というほど感じます。

 土井敏邦さんがWebコラムで、この映画の圧巻の場面について以下のように書いています。

 この映画の圧巻はやはり、雑誌に掲載されたその論文のためにアメリカ内外のユダヤ人社会から罵倒され脅迫されるなか、学生や反発する大学関係者を前に、“悪の凡庸さ”について切々と語る、8分間に及ぶハンナの講義シーンである。

 「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない、人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」

 「ソクラテスやプラトン以来、私たちは“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がない大規模な悪事をね。

 私は実際、この問題を哲学的に考えました。“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」

 もちろんこの言葉の内容も私の心に響いた。しかし何よりも私の心を激しく揺さぶったのは、己が信じる思想のために周囲の大勢の社会に激しく非難され憎悪され、孤立感、不安、悲哀に打ちひしがれそうになっても、一歩も退かず、自分の思想と信条を、生命を賭けて守り通そうとする、ハンナ・アーレントのその凛とした姿、“生き様”の見事さだった。

 私は映画館の帰り道、同行する連れ合いたちと語る言葉を失っていた。そしてずっと自問をしていた。「お前なら、どうする。お前は何を守り通し、どう生きようとしているのか」と。


 観てみたいです。名古屋での上映がすでに終わってしまっているのが残念です。

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