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zoom RSS 自称天皇の罪滅ぼし なだいなださんの講演記録より

<<   作成日時 : 2014/01/03 13:30   >>

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 孫との楽しいひとときも終わり、普段なかなか読めずに積んでいた雑誌などの整理を始めました。おもしろそうなものに出会うと片付けは遅々として進まないのですが…。

 月刊JTU8月号になだいなださんの追悼のページがありました。そこに載せられていた講演記録です。

   第43回日養研記念講演
     「健康と病気と人生の関係」

 忘れられない患者さんがいます。自称天皇でした。この人に、みんなの嫌がる仕事をさせたら喜んでやってくれる。そこで 
「あんたは本当に天皇? 天皇じゃないんじゃないの?」
と、そう言ったら、
「私は天皇です」。
「じや、あの東京の真ん中にいる人は?」
「あれはにせもの」
「どうしてにせもの?」
「おれだけが知っている」。
「どうして?」
「おれは、戦争が終わったときに、にせものをあそこに残して表に出てきたんだ」。
「何で表に出てくる必要あるの?」
「だって、おれは天皇だから、戦争の間に、おれのために何百万人の人間が死んだではないか。何百万人の人間が子どもを失ったではないか。親を失ったではないか。家を失ったではないか。それで、おまえ、天皇が平気でいられると思うか。」
と言うんです。それで、どうしたのか。
「表に出てきて、どんなつらいことでも自分は耐え忍ぶ、そう誓ったんだ。これが自分の罪の償いだ。だから、みんなから侮辱を受けても、みんなからいじめられても、これがおれの罪滅ぼしだと思えば、大丈夫、我慢できるんだ。」 
と言われた。考え込んじゃった。こういう病人もいるんだ。

 しかし、この人は、病気なんだけれど、危険な人なんだろうか。自分が天皇だなんて、おかしなことを言う隣人だね、という程度で、一緒に仲良く暮らせる。病気は治らないかもしれない。でも、隣人として仲良く暮らしていける。それなのに、何で閉じ込めておかねばならんのか。しみじみとそう思いました。

 つまり、病気にはいろいろあるんですよ。一人ひとりある。確かに病気のために、幻覚がひどくて、あるいは被害妄想がひどくて、それで人を傷つけてしまうような可能性のある患者さんだって、いないわけじゃない。世の中の人は病気をもっている人を危険視するけど、そんなに危険な患者さんばっかりだったら、精神科医をやってきた私たちがどうして無事でいられるんですか。

 そういうふうにして見ていくと、心の健康、心の病気というものは、向こうだけが病気なのではない。私たちは差別をずっとやってきました。精神科の患者さんたちはずっと差別を受けてきた。しかも、昔はそうでなかったんです。近代社会になってからです。



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